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無料のカラクリ

米国株の「手数料0ドル」、無料になったのは入口だけだ。

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0になったのは何か(米国株の手数料ゼロの条件)

「手数料0ドル」の看板の裏で、0にならなかった数字がある。

2026年11月4日の国内約定分から、楽天証券とSBI証券が米国株の信用取引手数料を0米ドルにしました。あわせて、新規建てと返済を同じ日に行う「デイトレード」の金利・貸株料もそろって無料です。大手2社がほぼ同時に「無料」を掲げたわけですが、筆者はこのニュースを「お得な話」としてではなく、「無料をどこに置けば、誰が得をするのか」という値付けの教材として読みました。投資をすすめる記事ではありません。経営者や営業の方が自社の価格設計を考えるときのヒントとして書いています。

何が「0」になったのか:公式発表の数字

まず事実を一次情報で確認します。楽天証券の公式案内によると、改定前の米国株信用取引の手数料は「約定代金の0.33%(税込)、上限16.5米ドル(税込)」でした。これが約定代金にかかわらず0米ドルになります。デイトレード時の買方金利は年率4.5%から0%へ、貸株料は年率2.0%から0%へ下がります。

SBI証券の公式案内も、手数料を0米ドル、デイトレード時の金利・貸株料を0%とする内容です。ただし細かい条件が違います。

  • 対象はインターネットコース(プランC含む)の個人・法人。ダイレクト、IFA、対面コースは対象外
  • デイトレードの金利・貸株料は、決済時にいったん徴収され、翌月下旬に外貨でキャッシュバックされる
  • 特典付与時に口座を閉鎖していたり、期間中にコースを変更したりすると対象外
  • 現金による特典付与は雑所得となり、確定申告が必要な場合がある
  • 内容は予告なく変更・中止される場合がある

同じ「0円」でも、片方は最初から取らない0円、もう片方は「いったん取って、あとで返す」0円です。この違いは小さく見えて、実は経営の話として非常に大きいと筆者は考えています。

図解1:何が0になったのか(取引手数料・当日返済の金利・貸株料の改定前後)

無料なのは「その日のうちに閉じる取引」だけ

両社に共通する条件は、デイトレードの定義です。楽天証券は「新規建した建玉を米国現地の同一営業日中に決済し、翌営業日にポジションを持ち越さない取引」と説明しています。判定は日本時間ではなく米国現地の約定日が基準です。

楽天証券自身が示している試算を見てみます。1万米ドル分を新規に買い建てて同じ日に返済した場合、改定前にかかっていた買方金利は「10,000米ドル×4.5%÷365日×1日=1.23米ドル」。売り建ての貸株料は同様に0.55米ドルです。つまり、デイトレードで無料になる金利は、1万ドルの取引で1日あたり1ドル強の水準です。

一方で、同じ案内には「翌日以降に持ち越した場合は通常の金利・貸株料がかかります」とあります。通常の買方金利は年率4.5%のままです。1日1.23米ドルは小さく見えますが、持ち越しが30日続けば単純計算で約37米ドル、1年なら450米ドルです(年率4.5%を日割りした筆者の単純計算で、実際の計算方法や日数は各社の規定によります)。

ここが「無料のカラクリ」です。無料にしたのは、もともと金額が小さい「1日分」の金利です。日数が積み上がる「持ち越し分」の金利はそのまま残っています。

得をするのは誰か

では、この無料化で得をするのは誰でしょうか。

まず、頻繁に売買し、その日のうちに必ず閉じる利用者は、確かにコストが下がります。これは事実です。

次に証券会社です。ここからは推測として読んでください。手数料が0になれば、取引のハードルは下がり、信用取引口座を開く人や取引回数が増える可能性があります。取引する人が増えれば、その一部は「今日は閉じずに明日まで持とう」と判断するはずです。その瞬間から年率4.5%の金利が発生します。無料の入口で人を集め、持ち越しという「出口のない通路」で収益を得る。これは小売業の「目玉商品」や、通信業界の「端末0円」と同じ発想だと筆者は推測しています。

ポイント還元で「実質無料」になった分は誰が払っているのかの記事でも紹介しましたが、「実質無料」という言葉は、「いったん払って、あとで戻る」構造を含みます。SBI証券のキャッシュバック方式はまさにそれで、利用者は金利をいったん支払い、翌月下旬まで戻りを待つことになります。待っている間、そのお金を使えるのは受け取った側です(金額規模や運用実態は公表されておらず、ここは推測です)。

さらに、高額講座の「無料体験」は、入口だけ無料だという記事でも紹介しましたが、無料の設計で見るべきは「どこから有料になるか」です。今回なら、境目は「米国現地の同一営業日」という時間の線です。この線をまたいだ瞬間に、無料は通常料金に戻ります。

図解2:無料は「その日のうち」だけ(当日返済と持ち越しの境目)

「最低水準」は比較表の作り方で決まる

もう一つ、数字と言葉のトリックとして見ておきたいのが「最低水準」という表現です。

楽天証券は「主要ネット証券最低水準」とうたい、比較対象をウィブル証券、SBI証券、松井証券、マネックス証券、moomoo証券、楽天証券の6社としています(2026年10月14日時点)。SBI証券は「業界最安水準」「業界最低水準」とし、比較対象をSBI証券、松井証券、マネックス証券、楽天証券の4社としています(2026年10月16日、SBI証券調べ)。

どちらも嘘ではありません。ただ、比較する相手と時点を自分で決めて作った表の中での「最低」です。楽天証券の表では、ウィブル証券も手数料0米ドルとされています。つまり「最低水準」は「単独最安」という意味ではなく、「0が並んでいる中の一つ」という意味です。0より下はないので、0にした時点で誰でも「最低水準」を名乗れます。

これは自社の営業資料でもよく起きます。「業界No.1」「最安クラス」と書くときに、比較相手と時点を注記で絞ると、数字は正しいまま印象だけを大きくできます。読む側に回ったときは、注記の「※」から先に読む。書く側に回ったときは、その注記を顧客が読んでも信頼を失わないかを確認する。これが実務上の教訓です。

経営と営業にどう効くか

今回の無料化から、筆者は自社の値付けに使える問いを4つ取り出しました。

1. 売上:無料にする場所は「小さく、回数が多い所」

無料にしたのは1回あたりの金額が小さい部分でした。自社でも、無料にするなら単価の小さい入口に置き、継続や延長など「時間とともに積み上がる部分」で収益を確保する設計になっているかを確認してください。逆に、自社が買う側なら「どこから時間課金が始まるか」を最初に確認します。

2. 資金:「あとで返す」はキャッシュフローの設計

いったん徴収して翌月返す方式は、支払う側から見れば一時的な立て替えです。値引きを「後払いの還元」にするか「最初から取らない」にするかで、自社の手元資金の動きが変わります。会計と税務の扱い(SBI証券の案内では現金特典は雑所得扱い)まで含めて決める必要があります。

3. 判断とリスク:条件の線は顧客の行動を変える

「同じ日のうちに閉じれば無料」という線は、利用者を短時間の判断に向かわせます。信用取引は委託保証金を上回る損失が生じるおそれがあると各社が明記している取引です。自社の料金設計が、顧客に望ましくない行動を促していないか。短期的な取引量が増えても、トラブルや解約が増えれば長期的には損失になります。

4. 時間:比較表は「いつ時点か」で賞味期限がある

楽天証券もSBI証券も、12月から米国株の23時間取引に対応する予定を同時に告知しています。価格競争の比較表は数週間で古くなります。営業資料の「最安」表記には、必ず日付を入れておくべきです。

「NISAは安全」という言葉がいちばん危ないという記事でも紹介しましたが、安心させる言葉ほど条件を読み飛ばさせます。「無料」も同じです。無料という言葉を見たら、「何が無料で、何が無料ではないのか」「その線を決めたのは誰か」を確認する。それが、売る側にとっても買う側にとっても、いちばん安いリスク対策だと筆者は考えています。

まとめ

米国株信用取引の「手数料0ドル」は、確かに数字として0になりました。しかし0になったのは手数料と「その日のうち」の金利までで、持ち越した瞬間に年率4.5%の通常金利は残っています。無料は入口に置かれ、収益は時間の中に置かれている。この構図は、証券に限らず、あらゆるビジネスの価格表に潜んでいます。

出典・確認日

※本記事は料金設計の仕組みを解説するもので、特定の金融商品や証券会社の利用をすすめるものではありません。持ち越し時の金利の試算は、公表された年率を単純に日割りした筆者の計算です。

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